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退職者の競業避止義務:どこまで許される?

以前に、退職者の「秘密保持義務」についてご説明しましたが、今回は「競業避止義務」について掘り下げてみたいと思います。

企業としては、退職した従業員が競合他社で働いたり、独立して競合事業を始めたりすることで、自社のノウハウや顧客情報が流出し、競争上の不利益を被ることを避けたいと考えるのは当然です。そのため、就業規則や個別の契約で「競業避止義務」を定めるケースがあります。

しかし、これは退職する従業員にとっては「職業選択の自由」を制限することにもつながります。したがって、この競業避止義務は、どのような場合でも認められるわけではありません。

競業避止義務の「有効性」はどう判断される?

競業避止義務の有効性は、主に以下の点から判断されると言われています[1]。

① 競業制限の必要性
まず、企業側に競業を制限する正当な利益があるかどうかが重要です。

②競業制限の範囲
また、競業避止義務の範囲は、上記1で述べた企業の正当な利益を保護するために必要な範囲に限定されていなければなりません。具体的には、期間、地域、職種・業務・行為内容などの点が考慮されます。

③代償措置
さいごに、代償措置です。競業避止義務を課す代わりに、企業が退職者に対して何らかの代償措置を講じているかどうかも、その有効性を判断する上で重要な要素となります。

なぜ慎重な対応が求められるのか?

まず、競業避止義務の有効性の判断は、秘密保持義務よりも厳しく判断されます。なぜならば、競業避止義務は競業への就業自体を禁止することになり、退職者に課す自由の制限が強く制限されるからです[2]。

また、近年の人材流動化の影響も想定されるべきです。すなわち、過度な競業避止義務は労働者の転職を阻害し、社会全体の競争力を低下させるという指摘もあるからです。

実際、アメリカでは、連邦取引委員会(FTC)が2024年4月23日に「競業禁止条項規則(Non-Compete Clause Rule)」を採択しました。これは、一部の例外を除き、企業が労働者との間で競業禁止条項を締結したり、強制したりすることを一律に禁止するという内容になっています。また、この規則は、競争法違反として、競業禁止条項の法的効力も認めないとしています[3]。この規則は訴訟の提起などもあり、施行状況は未だ分かりませんが、大きな問題提起にはなっているでしょう。

企業が取るべき対応は?

これらの点を踏まえると、基本的には、退職者に対しては「秘密保持義務」の遵守を求めるようにして、本当に競業を禁止する必要がある場合にのみ、上記のような要件をよく検討して競業避止義務を定めるべきでしょう。

つまり、①どのような利益を守りたいのかを明確にする必要があります。そして、その利益との関係で、②時期や範囲を絞る必要があります。例えば、期間については、2年がひとつの目安などと言われますが、自社の正当な利益との関係で考える必要があります。技術情報のようなものであれば、その技術が陳腐化する期間を踏まえて競業避止義務を求める期間を定める必要があるはずです。さらに、③代償措置についても検討しておくべきでしょう。退職者に対して経済的な不利益が生じないようにするように考えてみるということになるでしょう。


[1] : 植田達「労働者の転職の自由保障と競業避止義務等による制限」ジュリスト1607号30頁,31-33頁(有斐閣,2025年)。
[2] : 水町勇一郎『詳解 労働法 第3版』64頁(東京大学出版会,2023年)。
[3]: 植田・前掲注[1]35頁。ロイター通信「米、競業他社への転職や競業企業設立を制限する労働契約を禁止」2024年4月24日)(https://jp.reuters.com/economy/industry/3GV3ZVVFSZNEHL5I5FSYIIPCWE-2024-04-24/,2025年6月21日最終閲覧)。

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