企業において従業員が職務遂行過程で顧客リストを作り上げたり、技術的なノウハウを見つけ出すことがあります。当該従業員が独立したり、転職したりして、このような情報を利用したときに、企業はそれを止めさせることができるでしょうか。もちろん、当該従業員と秘密保持契約を締結していれば、それを根拠に何らかの請求ができる可能性はありますが、ここでは不正競争防止法の営業秘密の図利加害目的での使用・開示(2条1項7号)の問題として考えてみたいと思います。
直感的には不正競争防止法違反として捉えることができると思っていたのですが、従業員が職務上知得した営業秘密(営業秘密の形成に関与した場合)については、いろいろな見解があるようです。条文の文言として、営業秘密保有者から営業秘密を「示された」となっているので、従業員が自分で顧客リストを作ったり、ノウハウをつかんだりしたときには、企業から「示された」ことにならないのではないか、という問題があるのです。
手元の教科書や判例百選を開いてみると、①特許法35条、著作権法15条の趣旨の適用・類推適用により当該情報が企業に帰属するといえるのかを検討すべきとする見解、②「示された」とは事実として示されたことを要するので、従業員が開発・取得した情報は7号に該当しないとする見解、③ 秘密管理の対象となっている情報であることを当該従業員が認識できたか否かにより決まるという見解((営業秘密を示したのではないか)当該情報が営業秘密であることを示していればよい)などがあるようです。②については、従業員と秘密保持契約を締結していれば、それに基づき履行請求をすることができるし、その情報を取得した企業に対しては不正競争防止法2条1項8号(秘密を保持する義務に違反して開示を受けたなど)の問題として処理できるので問題は少ないということのようです。
裁判例についてはざっと見た感じ、「帰属」を問題にしていることが多いような印象です(大阪地判平成10年12月22日[フッ素樹脂シート]、知財高判平成24年7月4日[投資用マンション])。とはいえ、これらが①の見解を前提としているのかは、はっきとはしません。
私個人としては、「示された」の文言の問題はありますが、従業員が職務上作成した情報が不正競争防止法2条1項7号に該当しないと言い切るのはかなり躊躇を感じます。従業員の営業や転職の自由などを重視する見解とは思いますが、近時は退職時に誓約書などを差し入れるのが一般的になっていますので、不正競争防止法に該当しないとしても自由に営業・転職できることにはならないように思うのです(その逆も言えてしまうのですが…)。また、この問題は、従業員の記憶に残っている情報を利用してよいのかという論点と一緒になっているような気もします。従業員が身につけた一般的なスキルのようなものであれば、不正競争云々の問題ではないでしょう。少なくとも雇用関係を前提とすれば、企業の資本投下・指揮命令下で得られた情報になるわけですから、従業員が独自創作しても好き勝手に使ってよいとはならないように思います。
情報の帰属を問題にするのも、特許法の職務発明制度に引っ張られているように思えてしまいます。職務発明制度は特許法としてのインセンティブ付与の仕組みでしょうから、それにこだわる必要はないのではないでしょうか。企業の資本投下・指揮命令下で得られた情報であれば、その情報は原則として企業に帰属するということになるように思います。このように考えても、秘密管理性の要件から当該情報が秘密であることを示しておかなければならないので、従業員の予測可能性を害するということもないはずです(具体的に秘密の範囲を示すようにすればよいのではないでしょうか)。その意味で②の見解にシンパシ―を感じます。なお。情報の内容や具体的な行為態様から転職の自由などにも配慮して図利加害目的の要件で調整することもできるかもしれません。