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パブリシティ権による声の保護(東京地判令和8年9月30日)

1. はじめに

津田健次郎さんがTikTokに対して動画の削除を求めた事件の判決が話題になっています。各種報道にあるように、津田健次郎さんの請求は棄却されています。もっとも、パブリシティ権により声優の声が保護される可能性が示された事案ともいわれています。そこで、どのような問題があるのか少しだけ考えてみたいと思います。

2. 東京地判令和8年9月30日の紹介

2-1. 事実関係

ご存じのとおり、津田健次郎さんは高名な声優、俳優及びナレーターです。その津田健次郎さんの声に似た音声を使用している動画がTikTok上にアップロードされていたので、TikTokに対してその削除を求めたという事案です。なお、この動画を投稿していたアカウントは、令和8年5月29日に削除されていたということです。

このアカウントからは、令和6年7月から令和7年9月までの間にTikTokに188件の動画が投稿されており、いずれも都市伝説や心霊現象等の雑学を解説した動画でした。同アカウントのトップページには外部サイトへのリンクが張られており、そこに、ナレーションの音声は津田健次郎さんの声真似が上手い友人の声をAIに学習させたデータを使用したものであると記載されていました。

2-2. 争点

この裁判では以下の3点が争点となりました。

①不競法に基づく削除請求の可否
②パブリシティ権に基づく削除請求の可否
③動画が既に削除されたか

①について、津田健次郎さん側は、動画のアップロードは不競法2条1項1号又は2号の不正競争行為にあたると主張しました。声は声優としての営業表示であり、それと類似する営業表示を無断で使用しているので、削除等をせよというものです。

②が話題になっているパブリシティ権に基づく主張であり、津田健次郎さんの声は顧客吸引力を有しており、動画投稿者は専らその顧客吸引力を利用する目的で声を使用しているというものです。後で説明するように、パブリシティ権の侵害については3つの類型があるといわれていますが、その3つのいずれも主張しているようです。すなわち、(ア)声を独立して鑑賞の対象となる商品として使用している、(イ)声を商品の差別化を図る目的で使用している、(ウ)声を商品の広告として使用していると主張しています。

③は、アカウントが削除されたとしても、動画のデータが削除されたかは不明であるというものです。

2-3. 裁判所の判断

まず、アカウントが削除されてしまっていたら、そもそも裁判をする利益(訴えの利益)がないのではないかとも思えるのですが、裁判所は削除請求の対象の存否が争われており、この争点(上記③)は実体的に削除請求権が存在するかどうかということに関わるので、訴えの利益がないとはいえないと判断しています。

そのうえで、パブリシティ権に基づく削除請求の可否(上記②)に関して、「人の声は、人の肖像と同様に個人の人格の象徴であるということができるところ、例えば実演家の声等を無断で使用する行為は、その声が商品の販売等を促進する顧客吸引力を有するといえる場合であって、その声を使用する行為が専らその声の有する顧客吸引力の利用を目的とするものといえるときは、パブリシティ権の侵害に当たると解するのが相当であるといえる」との判断を示しました。

もっとも、最終的には動画自体がすでに削除されているので、原告(津田健次郎さん側)の請求に理由はないとしています。そして、裁判所として紛争解決をするための判断はこれで足りるので、①②の争点については、これ以上の判断をしないと述べています。

3. パブリシティ権とは

さて、以上が今回話題になっていた判決の概要ですが、ここで争点としてあがっている「パブリシティ権」について、少し説明を補足しておきたいと思います。

パブリシティ権とは、特に著名人の氏名や肖像のように、人の氏名・肖像等が商品の販売等を促進する顧客吸引力をもつ場合に、このような顧客吸引力を排他的に利用する権利とされています。パブリシティ権については、最高裁判所が、表現の自由などとの調整から、(ア)肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用する場合、(イ)商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付する場合、(ウ)肖像等を商品等の広告として使用する場合など、もっぱら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に、侵害になると述べています(最判平成24年2月2日民集66巻2号89頁〔ピンク・レディー事件〕)。

パブリシティ権侵害の3類型(ピンク・レディー事件最高裁判決)

この最高裁判決では、氏名・肖像等とされていて「声」がそこに含まれるのかははっきりしませんでした。今回の東京地方裁判所の判決は、声もパブリシティ権の対象になることをはっきり述べたという点で意義があるわけです。もっとも、パブリシティ権は人格権に由来するものとされておりますので、声も人格の象徴としてパブリシティ権の対象となるという見解は以前からありました。また、近時法務省より公開された報告書(肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会『取りまとめ報告書―生成AIによるパブリシティ権侵害等に関する解釈指針―』(令和8年8月))でもそのことがはっきりと記載されておりましたので、今回の判決は想定された範囲のものだったといえるでしょう。

4. その先の問題

今回の判決では、すでにアカウント(動画の投稿)が削除されているということを理由に、原告の請求を棄却しています。ただ、もしこれが削除されていなかったとすると、その投稿がパブリシティ権侵害になるかどうかを判断しなければなりませんでした。つまり、一般論として、声がパブリシティ権の対象になることにあまり異論はないと思うのですが、実際の動画がパブリシティ権侵害になるかどうかということについては、なお検討しなければならない問題がたくさんあります。

4-1. 3類型への当てはめ

まず、パブリシティ権侵害の3つの類型(前記(ア)~(ウ))の該当性です。上の争点のところで見たように、原告は3つの類型のいずれについても主張しているようです。ただ、雑学の動画に有名な声優の声を使ったとしても、その声自体を鑑賞の対象としているというのは難しいように思います(ア)。また、本件の場合、声優の声が「広告」になっているわけでもないでしょう(ウ)。残るは差別化目的(イ)ですが、これについては動画のナレーションを誰がやるかによって、視聴者の評価が左右されるでしょうから、そのナレーションの声を有名な声優のものにすることにより、差別化を図ることができるのではないかと思います(前記報告書87頁、94頁などを参照)。この類型に該当するという構成が一番通りがよいのではないでしょうか(なお、前記報告書によれば違う構成もありうるようです)。

4-2. 声の識別可能性

次に、動画の声が声優の声と識別できるのかという難問があります。報告書94頁には、

「本人の声を使用するものといえるためには、顧客において、その使用された声が、本人の声であると識別することができるものであることを要する。声そのものは、氏名や肖像と比べて識別性が低い側面があるが、本人に類似する声が使用された場合には、肖像の場合と同様に、声の類似性の程度に加え、使用されるに当たって付加された本人の声を想起させる情報等を総合的に考慮して、その使用された声が、本人の声であると識別することができるか否かにより、本人の声を使用したものといえるか否かを判断することとなると考えられる」

(強調は引用者)

と書かれています。

(1) 付加情報の評価

つまり、動画のタイトルなどの付加情報も含めて当該声優の声と識別できるのかを判断すべきということです。これを前提にしてみると、本件において「津田健次郎さんの声真似が上手い友人の声をAIに学習させたデータを使用したものである」という記載(付加情報)をどのように評価すべきかという問題がでてきます。一見すると打ち消しのようにも見えるのですが、逆に津田健次郎さんの声であると識別しやすくしているようにも思えます。また、事後的なコメント欄の表示などはどのように考えるべきなのでしょうか。

(2) 音声比較分析の評価

本件では音声比較分析の結果も提出されているようですが、このような科学的分析を裁判所がどのように評価するかという問題もあります(個人的には裁判所はこの種の鑑定を採用するのには慎重なように思います)。どの程度似ていれば類似しているというべきでしょうか。

(3) 識別の基準となる者

また、誰を基準として声の識別可能性を判断するのかも難しい問題でしょう。津田健次郎さんをよく知っているファン層であれば識別容易でしょうが、当該雑学の動画を見る視聴者層が識別できるのかという問題もありそうです。「似ている」と言われて注意して聞いてみると、確かに「似ている」というような場合はどうなるのでしょうか(注意力の問題)。

4-3. 声の特定

それから、そもそもの問題として、訴える側が声をどのように特定していくのかという問題もあります。深く渋みのある声というだけでは十分ではないようにも思います。

5. さいごに

などなど、パブリシティ権による声の保護については、解決すべき問題がたくさんあるように思います。今後、この種の裁判について、どのような判断が示されるか注目していきたいところです。

出典:肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会『取りまとめ報告書―生成AIによるパブリシティ権侵害等に関する解釈指針―』(令和8年8月) https://www.moj.go.jp/content/001468286.pdf(2026年10月3日最終閲覧)
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