超高齢社会と呼ばれるようになって久しいですが,今後はさらに高齢化が進むと言われています。高齢者に関する問題を避けて通ることはできません。特殊詐欺に代表されるように高齢者の財産はとかく狙われやすいものです。高齢者の方の自己決定権を尊重して,残存能力を生かせるような制度を利用することが肝要と思われます。例えば,成年後見制度・任意後見制度などをどのように活用していくのか考えてみるべきでしょう。
また,高齢者に関しては次の世代にどのように財産を移転していくのかという問題もあります。遺言書を作成するのがご自身の意思に沿った財産移転を実現するための代表的な方法ですが,そのほかにも,生前贈与や民事信託といった方法を活用することも考えられます。財産の移転に際しては,税制面での優遇措置をどのように利用するのかという問題もあります。
そのほか,近時では,高齢者が加害者になる場面もあり得ます。例えば,高速道路で逆走して事故を起こしてしまうようなケースもあるでしょう。このような問題についても,法律的な知識を保持しておくべきものと思います。
以下では,高齢者に関する主要な問題について,簡単にご紹介をしますので,参考にしていただければと思います。まずは,お気軽にご相談ください。
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判断能力の低下に対応するための制度など
成年後見制度
高齢者に関する制度して多くの方がご存じなのは成年後見制度だと思います。高齢者の判断能力が低下してしまったときに,成年後見制度を利用することができます。例えば,預貯金をしっかりと管理しておきたいといった場合などに利用されます。高齢者の経済的虐待が疑われる場合にもまず検討すべきでしょう。成年後見制度は,残存能力の活用,自己決定権の尊重といった観点から,高齢者の判断能力に応じて,成年後見,保佐,補助が選択されます(裁判所が判断します)。各制度の内容については,法務省のウェブサイトなどに掲載されていますので,ここではこれ以上の説明は避けることにします。
任意後見制度
ところで,成年後見制度については,高齢者をサポートすることになる成年後見人(保佐であれは保佐人,補助であれば補助人)は,裁判所が選任します。このため,誰が成年後見人になるのかわからないという問題があります(候補者をたてることはできます)。もし,ご自身が元気なときに,自分が望んだ方にサポートをお願いするようにしておきたいという場合には,任意後見制度を利用することができます。この制度では,将来,自身の判断能力が低下したときにサポートを受けるために,任意後見契約を締結しておきます(将来,任意後見人になってほしい人と公正証書で契約を結びます)。そして,実際に判断能力が低下してきたときに,裁判所に申立てをすることで,ご自身の契約した任意後見人がサポートをスタートすることになります。なお,本人の判断能力の低下がみられても契約締結はできるという状態であれば,任意後見契約を締結するとともに,ただちに裁判所に申立てをして任意後見をスタートさせるという方法も利用されます(タイムラグがないので「即効型」と言われます)。
なお,ある程度の支援を受ければ日常生活を送ることができるという状態でしたら,日常生活自立支援制度を利用することもできるでしょう。詳細については,社会福祉協議会等にお問い合わせください。
それぞれの制度の利点等を考慮して適切な制度を利用したいところです。
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財産の移転について
高齢者の方の財産が次の世代に引き継がれるようにすることも必要です。遺言書を作成しておくことで,ご自身の意思に沿った財産の移転をすることができるようになるでしょう(ただし,遺留分という相続人にとって最低限の取り分は残ります)。
もっとも,遺言の効力が発生するのは,お亡くなりになった後です。それまでに財産を移転しようとする場合には,贈与を利用することになります。贈与によれば,早い段階で確実に財産を移転できるというメリットがありますが,その反面,贈与税の基礎控除額(110万円)が小さいこと,税率の累進度合いが高いことから,贈与税の負担について検討をする必要があります。贈与の相手方,贈与する期間などを検討するべきでしょう。また,税法上の特例を活用することも考えられます。教育資金一括贈与,住宅取得資金の非課税措置などがあげられます。なお,教育資金一括贈与の特例については,2019/3/31以降も延長の方針のようですが,特例措置の縮小も検討されているとのことです。もっとも,このような贈与は遺産分割に際して特別受益と評価される可能性があります。
このほか,近時では,信託を活用する方法も注目を集めています。遺言の代わりに行う信託として,「遺言代用信託」などと称されることもあります。財産を信託して財産の管理を委ねるとともに,最終的な権利帰属者を指定することで財産承継の意味をもたせることができます。なお,この場合でも,税務上の問題を慎重に検討する必要がありますし,遺留分の規定を回避することができないことには注意が必要です。
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生活資金など
財産の移転というよりも,老後の財産の確保が必要だと思われる方も多いかもしれません。「預貯金はそれほどないけれども,マイホームは持っている」という方でしたら,リバース・モーゲージを利用できるかもしれません。近時,改めて注目を集めている方法ですので,概略だけ説明しておきます。
リバース・モーゲージとは,要するに,持ち家(ないしは遊休不動産)を担保としたローンのことです。お亡くなりになった時点で担保不動産(持ち家)を売却して,ローンを返済することを前提にしています。このため,生前は持ち家を手放すことなく,自宅の修繕費を借り入れたり,医療費を工面したり,子どもに教育資金を融通したりすることができるのです。
利用することができる人が限られてはしまいますが,持ち家の資産価値を有効に活用するという意味で検討してみる余地はあるかと思います。
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被害者となる高齢者
高齢者の判断能力が低下していることに乗じて,悪質な業者が不当な勧誘行為などを行うことも問題となっています。法律的には,消費者契約法や特定商取引法などによる保護を受けることができる場合がありますが,その要件の該当性などの判断は簡単ではないかもしれません。ただ,ご存知かと思いますが,訪問販売などの取引では,原則として,契約から1週間以内(その日を含めて8日以内)にクーリング・オフの制度を利用して,無条件で契約を解消することができます。「無条件」,「8日以内」というのがポイントです。まずは,ご家族でこの制度の活用を検討してみるのがよいでしょう。
なお,根本的な問題の解決のためには,項目1の成年後見制度などを利用するべきでしょう。
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加害者となるおそれ
在宅介護を選択する場合には,逆に,高齢者が加害者になってしまうことも想定しておかなければなりません。認知症の高齢者が電車と衝突して死亡し,JR東海がその高齢者の妻と子に対して719万円余りの損害賠償請求をしたという事件は記憶に新しいかと思います(最高裁平成28年3月1日判決)。この事件では,高齢者の監督義務者としての責任が追及されています。
この事件では,結果的には,損害賠償請求は認められませんでしたが,今後も同種の事案が発生するおそれがあります。高速道路で逆走して事故を起こしてしまったというケースを想定すれば分かりやすいと思います。近親者はもちろん,成年後見人にとっても深刻な問題でしょう。上記判決の結果はともかくとして,高齢者が事故などを起こすことのないよう,注意しておいた方がよいでしょう。また,このような問題については,個人賠償責任保険を活用できるのではないかとの考えもあり(古笛恵子「高齢者にまつわる損害賠償」弁護士専門研修講座 高齢者をめぐる法律問題,p.83,ぎょうせい,2015年),保険を検討することも必要かと思います(成年後見人向けの保険が発売されたというニュースもありました)。