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研修・資格取得費用の負担

企業からのよくあるご相談として、企業における研修や資格取得費用を一定の場合に従業員の負担とすることができないか、というものがあります。例えば、資格取得から一定期間内に自己都合退職した場合には、従業員に対して資格取得費用を返還するように求めることができないか、といった内容です。

ご存じのとおり、これら費用の返還の約束(返還条項)は、労働基準法16条に違反するおそれがあります。なぜなら、研修や資格取得費用の返還条項が、労働者を企業に不当に足止めするよう作用するおそれがあるからです。

過去の裁判例では、「留学・研修の『業務性』を中心に返還条項の労基法16条違反性」が判断されるといわれています[1]。荒木尚志教授はこの業務性(後記③)を中心に、①研修・留学費用に関する金銭消費貸借契約の有無、②研修・留学参加の任意性・自発性、③研修・留学の業務性の程度、④返還免除基準の合理性、⑤返済額・方式の合理性といった要素を考慮しているのではないかと分析しておられます[2]。

企業としては、これらの要素も考慮しつつ規程や契約書を作成するのですが、業務性を中心に判断されることになると、企業にとっては少し苦しくなる印象を受けます。つまり、企業が業務と無関係に費用負担をするということは,実際にはかんがえられないからです。業務性の有無で判断することには限界があるのではないかとの指摘もあります[3]。研修などが企業の能力開発制度の一環を成す以上,一定の業務性を伴うのは当然であるから,業務性の要素を考慮すべきではないという見解もあります[4]。

ジョブ型雇用など雇用形態も変化しつつありますし、研修や資格取得の機会を与えることは従業員のキャリア形成という意味でも積極的になされるべきものです。「留学・研修費用返還制度については、労働者の不当な足止め策として作用しないよう企業が合理的な制度設計を行い、労働者に十分な説明・情報提供を行って契約を締結している限り、本条違反を否定すべきである」との見解には傾聴すべきものがあります[4]。

実務的には、裁判例の傾向などからここまでの強い見解を前提とすることはできないでしょう。企業としては、労働基準法16条違反となった場合のリスクの大きさ(個々の研修等の費用の大きさ、企業全体に及ぼす影響)と発生頻度(所定期間内の退職の可能性など)も考慮して、この種の費用の貸与制度の採用の是非を考えるとともに、採用する場合には、上述した要素を考慮して可能な限り労働基準法16条に違反しないような制度設計をすることが肝要になるでしょう。また、この際に従業員視点で制度をみることも大事ではないかと思います。企業の都合ではなく、従業員にとってもメリットのあるものであれば、従業員の足止め策として評価される可能性も低くなると思われるからです。


[1]: 水町勇一郎『詳解労働法[第3版]』279頁(東京大学出版会,2023年)。
[2]: 荒木尚志『労働法[第5版]』80頁(有斐閣,2022年)。
[3]: 大内伸哉『労働法実務講義[第4版]』603頁(日本法令,2024)。
[4]: 土田道夫『労働契約法[第2版]』88頁(有斐閣,2016年)。

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