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家畜遺伝資源不競法とは

令和2年に「家畜遺伝資源に係る不正競争の防止に関する法律」(以下、「家畜遺伝資源不競法」とします。)が制定されました。この頃に和牛の受精卵等を海外に持ち出そうとする事件が発覚したことがきっかけになり制定されたようです。和牛の種雄牛(種牛)は多大な苦労による改良の成果です。一頭の優秀な種雄牛を確保するためには、場合によっては、10年近くの年月が必要になるということです。和牛の遺伝資源が不正に海外に流出することなどを防止するために制定されたといえるでしょう。

家畜遺伝資源不競法は、一般には知的財産法の一つととらえられていて、民事訴訟法でも意匠権などと同様に東京地裁ないし大阪地裁の競合管轄が認められていたりします。ところで、知的財産というと情報など無体物を保護対象とするという理解もありうるところですが、家畜遺伝資源不競法は家畜(今のところは和牛のみ)の人工授精用精液と受精卵を直接の保護対象としています(これらをあわせて「特定人工授精用精液等」と定義されています)(同法2条1項)。種苗法で現物主義といって植物体を基準として侵害の成否を判断するのと同じようなものかもしれません。動植物の遺伝資源は遺伝情報自体を特定することが難しかったり、遺伝情報のみでクローンをつくることが技術的に難しかったりするので、遺伝情報を運ぶ媒体を保護の対象にせざるを得ないということかと思います。その意味で、農林水産分野の知的財産に関しては特許などとは異なる特徴があるのかもしれません。

また、家畜遺伝資源不競法は、農林水産大臣が家畜改良増殖法32条の2第1項に基づき指定した人工授精用精液及び受精卵を保護の対象とします(つまり、農林水産大臣により指定されたものが「特定人工授精用精液等」になります)(家畜遺伝資源不競法2条1項)。農林水産大臣は、「高い経済的価値を有することその他の事由により特にその適正な流通を確保する必要がある」と判断したものについて、指定をすることになりますが、民間事業者などに申請権は認められていません。農林水産大臣は適正な流通の確保という公益的な見地から指定の権限を行使することになりますが、「適正な流通の確保」の具体的な内容がどのようなものかは十分な検討が必要でしょう。一般には知的財産法は独占権の付与や行為の規制により経済的なインセンティブを与えて有益な情報の生産を促すという仕組みをもっていると理解していますが、その点でも少し特徴的な法律のように思います。種雄牛を所有しているのは都道府県やその関連機関に多いようで、その点からも、民間事業者等の創造へのインセンティブを支援するという一般的な知的財産法との事実上の違いがあるようにみえます。

家畜遺伝資源不競法の内容は不正競争防止法の営業秘密の保護と近しいものです。特定人工授精用精液等を不正取得・不正領得したり、図利加害目的で契約で許された範囲外の譲渡などをしたときに、「不正競争」となります。不正競争行為に対しては差止請求権などを行使することができます。

我が国では農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略を策定して、2030年までに農林水産物・食品の輸出額を5兆円とする目標を設定しています(なお、2024年は1.5兆円程度の実績です)。牛肉はそのなかでも有望な輸出品となっています。今後の海外展開のために(他国に対する)和牛に関する技術的(遺伝的)な優位性を維持していきたい、そのために遺伝資源の海外流出を抑止するという農業政策的な意味合いの強い立法のように思います。

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